
奉教人の死
芥川龍之介

約11分・36ページ
明治の東京。英国帰りの医師・北畠義一郎は、遺書の中で「自分は人を殺した」と告白する。幼いころから愛した従妹・明子と、その夫をめぐる事件の真相とは。芥川龍之介が大正七年に書いた告白体の探偵小説を漫画化。
結末まで書いています(ネタバレを含みます)
医師・北畠義一郎は遺書で、従妹の明子を不幸にする夫・満村恭平を、新富座の夜に丸薬で毒殺したと告白する。満村は脳出血と診断され、明子は本多子爵と結ばれる。だが北畠は殺人の動機を疑いはじめ、子爵にも同じ丸薬を勧めたい誘惑に苦しむ。子爵を殺さないために、北畠は同じ丸薬で自らの命を絶つ決意を記し、馬車で新富座へ向かう。
大正の「予」は、本多子爵から借りた故ドクトル北畠義一郎の遺書を公にする。北畠は英吉利風の頬髯をたくわえた容貌魁偉な紳士だった。遺書は子爵夫妻に宛てられ、自分は過去に人を殺し、将来も同じ罪を犯そうとした危険人物だと告白し、自分は正気だと繰り返す。
北畠は十六歳のとき、十歳の従妹・明子が藤棚の下で片足で立ってみせた姿を見て、彼女を愛していると気づいた。二十一歳で医学を学ぶためロンドンへ発つが、厳しい家庭と儒教の教えのため、思いを告げられなかった。
三年の留学から帰ると、明子は第×銀行頭取・満村恭平の妻になっていた。北畠は深い絶望に沈むが、臆病と基督教の信仰に押しとどめられ、父の病院で働く。築地居留地の宣教師タウンゼンドと語り合ううち、明子への恋は肉親のような情に変わっていく。
明治十一年八月三日、両国の大花火の夜、北畠は柳橋の万八で初めて満村に会う。芸者を両脇に酔って騒ぐ満村を見て、北畠は神に頼らず自分の手で明子を救おうと誓う。新聞記者の知人から満村の無道なふるまいを聞き、殺意は計画へと変わる。
墨田川沿いの柏屋で、本多子爵は北畠に、明子とは許嫁だったが満村の金の力で破約になったと打ち明ける。北畠は、満村さえいなくなれば二人は幸福になれると考え、人力車の帰り道で微笑をおさえられなかった。
明治十二年六月十二日、ドイツ皇孫殿下が新富座で日本の芝居を見た夜、北畠は満村の血色が悪いと言って丸薬を勧める。満村は帰りの馬車の中で急死し、警察医は脳出血と診断した。その夜、北畠は三鞭酒と薔薇と丸薬の箱を前に、一睡もせずに書斎を歩き回った。
満村家を去った明子に六年ぶりに会った北畠は、かえって悲しみを感じる。子爵と明子の結婚が決まると、目的は果たされたはずなのに、明子をもう一度失うような苦しみから逃れられない。一年後の六月十二日、新富座で北畠は、自分は誰のために満村を殺したのかと自問する。
隅田川の流燈会の夜、馬車の中で胃痛を訴えた子爵に、北畠はポケットを探って、あの丸薬の箱を見つける。子爵と明子が結婚し、子爵が風邪で寝込んだときには、調剤のあいだの二時間、丸薬の箱が北畠を誘い続けた。北畠は子爵を殺す悪夢にうなされる。
北畠は、子爵を殺さないためには自分を殺すほかないと悟る。自分を救うために子爵を殺せば、満村を殺した理由も人格も消え去ってしまうからだ。北畠はかの丸薬で満村と同じ運命を担うと記し、憎むべきなら憎み、憐れむべきなら憐れめと書いて、馬車で新富座へ向かう。
あらすじで流れをつかんだら、場面を漫画で確かめてみませんか。登録不要・無料です。
漫画で読む
これは、本多子爵から借りて読んだ、故ドクトル・北畠義一郎の遺書である。
写真の彼は、英吉利風の頬髯をたくわえた、体格のすぐれた紳士だ。
彼は告白する——明治のはじめ、自分は人を殺したのだと。
この読切は全36ページ。続きは漫画ビューアで、スマートフォンでもそのまま読めます。
続きを無料で読むSTORY GUIDE
結末に触れない紹介です
明治のはじめの東京。英吉利風の頬髯をたくわえた医師・北畠義一郎は、年少の友・本多子爵とその夫人に宛てて長い遺書を書く。自分は過去に人を殺し、将来にもまた同じ罪を犯そうとした危険人物である——そう告白する北畠は、自分は正気だと繰り返し訴える。少年のころ、藤棚の下で片足で立ってみせた従妹の明子を愛した北畠は、思いを告げられないままロンドンへ留学し、帰国すると明子はすでに銀行頭取・満村恭平の妻になっていた。宣教師との語らいで恋を肉親の情に変えようとした北畠は、両国の大花火の夜、初めて満村と顔を合わせる。新富座、隅田川の流燈会、築地居留地。文明開化の東京を背景に、遺書と日記で語られる一人の医師の告白を、全36ページで描く。
青空文庫の図書カードによれば初出は『中央公論』1918(大正7)年7月で、犯罪と怪奇を特集した臨時増刊「秘密と開放」号に掲載された、芥川の「明治開化もの」の一編。物語は明治十一年から十三年ごろの東京で、両国の花火、築地居留地、明治十一年に再建されガス灯を備えた新富座などが登場する。本漫画は現代的なカラー作画で明治の洋装と和装を描き、死の場面や服毒の瞬間は直接描かず、走り去る馬車や雨で示している。
明治のはじめ、英国帰りの医師・北畠義一郎は、恩人に宛てた遺書で「自分は人を殺した」と告白する。幼いころから愛した従妹・明子をめぐる、文明開化の東京を舞台にした告白の物語を漫画化。
結末には触れていません
明治の東京で、英国帰りの医師・北畠義一郎が、本多子爵夫妻に宛てた遺書の中で、自分は人を殺し、さらに同じ罪を犯そうとしたと告白する物語です。幼いころから愛した従妹・明子と、その夫・満村恭平をめぐる告白が、遺書と日記の形で語られます。
原文「予は過去に於て殺人罪を犯したると共に」漫画の3ページでこの場面を漫画で見る
明治十一年八月三日、両国の大花火の夜に柳橋の万八で満村と初めて会ったときです。北畠は遺書で、殺意はこの夜に始まり、その動機は単なる嫉妬ではなく不義を懲らしめようとする道徳的な憤りだったと書いています。
原文「予は信ず。予が彼を殺害せんとするの意志を抱きしは、実にこの水楼煙火を見しの夕に始る事を。」漫画の12ページでこの場面を漫画で見る
大正の「予」が、本多子爵から借りて読んだ故ドクトル北畠義一郎の遺書を公にする、という枠の中に、北畠の遺書が収められています。本編は北畠が本多子爵夫妻に宛てた漢文調の書簡で、途中には日記の抜き書きも引かれます。漫画では遺書の語りをキャプションとして描いています。
明治十一年から十三年ごろの東京です。両国の大花火、柳橋の料亭「万八」、墨田川沿いの柏屋、築地の外国人居留地、そして明治十一年に再建された新富座などが出てきます。北畠の回想は少年時代の藤棚の下やロンドン留学にもさかのぼります。
作中では、本多子爵も北畠義一郎も「仮名」と断られています。枠の語り手は、当時はまだ授爵の制度がなかったのに後年の呼び名に従って「子爵」と書いたなど、遺書を公にする際に手を加えたと述べています。成島柳北のように実在の人物の名も登場します。
芥川龍之介(1892〜1927年)です。
初出は「中央公論」1918(大正7)年7月です。
著作権の保護期間が満了した作品で、青空文庫で原文を無料で読めます。このページの「青空文庫・原作情報」から図書カードへ移動できます。漫画は原作をもとにした翻案のため、台詞や構成が原文と異なる部分があります。
読切の36ページで、約11分が目安です(1ページ18秒で計算)。登録不要で無料で読めます。
満村の死から一年後の六月十二日、ひとり新富座で芝居を見た帰りに、北畠はふと、自分は本多子爵のために殺したのか、明子のためか、それとも自分自身のためかと考え、答えられなくなります。明子が子爵と結ばれていくほど、彼女を再び失うような苦しみが強まっていったのです。
原文「予は誰の為に満村恭平を殺せしか」漫画の25ページでこの場面を漫画で見る
北畠が新富座で満村に勧めた丸薬のことです。流燈会の夜、馬車の中で胃の痛みを訴えた本多子爵のためにポケットを探った北畠は、自分がその丸薬の箱を持ってきていたことに驚き、偶然ではないのではと恐れます。
原文「而してその「かの丸薬」なるに一驚したり」漫画の27ページでこの場面を漫画で見る
子爵を殺さないためには自分を殺すほかないと悟った北畠は、かの丸薬で、かつて自分が殺した満村と同じ運命を担うと遺書に記します。子爵夫妻に、憎むべきなら憎み、憐れむべきなら憐れめと書き残し、馬車で新富座へ向かうところで遺書は終わります。
原文「卿等にして若し憎む可くんば、即ち憎み、憐む可くんば、即ち憐め。」漫画の33ページでこの場面を漫画で見る
東京・新富町(新富座跡付近)おおよその位置
卿等にして猶明治十二年六月十二日、独逸皇孫殿下が新富座に於て日本劇を見給ひしの夜、彼、満村恭平が同戯場よりその自邸に帰らんとするの途次、馬車中に於て突如病死したる事実を記憶せんか
明治十一年に再建され、ガス灯や椅子席を備えた劇場・新富座があった新富町(現在の中央区新富)一帯の目安です。劇場跡の正確な地点を示した位置ではありません。
東京・明石町(築地居留地跡)おおよその位置
予は屡、同氏と神を論じ、神の愛を論じ、更に人間の愛を論じたるの後、半夜行人稀なる築地居留地を歩して、独り予が家に帰りしを記憶す。
明治初年から明治三十二年まで外国人居留地が置かれた、現在の中央区明石町一帯の目安です。作中の宣教師の住まいを特定した位置ではありません。
原文・底本・校正情報を作品ごとに記録します。

AI が作成した案内キャラクターで、本人の発言ではありません
「僕は芥川龍之介。東京で育ち、古典や説話に材を取った短い小説を書いてきた。夏目漱石先生に認められて、文壇に出ることができたんだ。」
「下人の行方は、誰も知らない。」——『羅生門』原文より
「はじめてなら『蜘蛛の糸』を。短いけれど、最後の一場面まで目が離せないはずだよ。」『蜘蛛の糸』へ
つながり:夏目漱石(師と弟子)菊池寛(学生時代からの友人)太宰治(芥川賞のゆかり)堀辰雄(師と弟子)谷崎潤一郎(「小説の筋」論争)新美南吉(同じ『赤い鳥』)魯迅(魯迅が翻訳)エドガー・アラン・ポー(ポーの評伝を執筆)萩原朔太郎(田端の隣人)
作家相関図を見る(読むほど線がつながります)