
桜桃
太宰治

原作: 人間失格 / 著者: 太宰治
約9分・30ページ(全16話)
三葉の写真に写る一人の男と、その男が残した三冊の手記。人間の暮らしも幸福も理解できず、恐怖を隠すために笑う大庭葉蔵の生涯を、告白の距離感を保ちながら全16話で描く縦読み漫画です。

「三葉の写真」の「三葉」は植物名ではなく、「三枚の写真」を意味します。幼年時代、学生時代、後年の同じ男・大庭葉蔵を写した写真から、語り手は笑顔の奥に人間らしさへの違和感を読み取ります。第1話では、この三枚の写真が示す葉蔵の変化と、第一の手記で明かされる人間への恐怖、恐怖を隠して生きるために身につけた「道化」までを、原作の核心に触れすぎない範囲で漫画化しています。
人間を恐れながらも思い切れない葉蔵は、家族や使用人を笑わせる道化を『最後の求愛』にします。父の望む獅子舞を手帖へ書き足し、学校でも漫画と滑稽噺で尊敬から逃れ、『お茶目』という仮面を完成させていきます。
『お茶目』とは正反対の本性として、葉蔵は幼少期の被害と誰にも訴えられない孤独を告白します。第二の手記へ移り、海辺の中学校で道化を成功させる葉蔵ですが、鉄棒の計画的な失敗を、病弱な同級生・竹一だけが『ワザ』と見抜きます。
竹一に道化を見破られた葉蔵は、秘密を守らせるため彼へ近づきます。夕立の日に耳を手当てしたことで『女に惚れられる』と予言され、さらにゴッホを『お化けの絵』と呼ぶ一言から陰惨な自画像を描き始め、『偉い絵描きになる』という二つ目の予言を受けて東京へ向かいます。
東京の高等学校へ形だけ通いながら本郷の画塾で絵を学ぶ葉蔵は、六歳年上の画学生・堀木正雄と出会います。堀木の案内で酒、煙草、娼婦、質屋、秘密読書会を知り、人間への恐怖を一時まぎらす一方、思想ではなく『非合法』の側に幽かな居心地を見いだします。
地下運動の思想より『日蔭者』の空気に安堵した葉蔵は、道化と正確さで連絡役を任されます。父の別荘売却で仙遊館へ移ると、定額送金を数日で使い切り、質屋と借金に頼り、学業も画業も放棄。運動の激務と金欠に追い詰められ、ついに逃亡を選びます。
三人の女性から好意を寄せられる葉蔵は、仙遊館の娘と運動の同志をかわしながら、銀座のカフエでツネ子と出会います。互いの侘びしさに引かれた一夜だけ、葉蔵は恐怖から解放されますが、朝には道化の自分へ戻っていました。
堀木の侮辱をきっかけに、葉蔵はツネ子とのあいだに貧しい者同士の親和と初めての恋情を自覚します。銅貨三枚という現実を前に生きる力を失った二人は鎌倉の海へ向かい、そこで運命を分かつことになります。
鎌倉の心中未遂から一人生き残った葉蔵は、警察署と検事局へ送られます。病人らしさまで演技に変えた彼を、検事の静かな「ほんとうかい?」が見破ります。起訴猶予後、葉蔵は大久保の古物商ヒラメの家に置かれ、狭い三畳で将来を問われます。
ヒラメの将来問答を結婚の申し出と誤読した葉蔵は、翌朝それが打算だったと知り、封書を残して逃走します。浅草の堀木宅へたどり着いた彼の前に、雑誌記者シヅ子が現れます。彼女の『可哀そうに』という一言が、葉蔵を次の生活へ誘います。
シヅ子母子との高円寺暮らしで、葉蔵は子供向け漫画の仕事を得ます。シゲ子の無邪気な願いに怯え、堀木との応酬から『世間とは個人』と考え始めますが、飲酒は悪化。白兎を追う母子の幸福を扉越しに見た葉蔵は、そこを去ります。
京橋のスタンド・バーに住みついた葉蔵は、酒を飲み、粗悪な雑誌にも漫画を描く日々を送ります。向かいの煙草屋のヨシ子だけは禁酒の約束を疑わず、その無垢な信頼に惹かれた葉蔵は結婚を決意します。新しい生活の先には、不穏な予感が差していました。
結婚生活の小さな幸福にも不安を抱く葉蔵は、堀木と『罪』の反対語をめぐる奇妙な問答を交わします。空豆を煮る夜、ヨシ子の信頼を揺るがす出来事に直面した葉蔵は、怒りにも悲しみにも届かず、信頼そのものを問い始めます。
ヨシ子をめぐる出来事の後、葉蔵は薬箱の睡眠剤を飲み、三日間の昏睡から目覚めます。『女のいないところ』へ行くとうわごとを口にした彼は、南伊豆と酒へ逃げ、雪の銀座で初めて喀血。薬局の未亡人に救いを求め、酒をやめるための薬としてモルヒネを渡されます。
モルヒネで不安を消した葉蔵は、漫画仕事と薬を切り離せなくなり、借金と羞恥を重ねます。父への告白にも返事はなく、ヒラメと堀木に連れ出された先は森の病院。ヨシ子が差し出す残りの薬を生涯で初めて自然に拒みますが、病棟の鍵は外から閉じられます。
病院の庭で紅い睡蓮がコスモスへ変わる頃、長兄とヒラメが葉蔵を迎えに来ます。父の死を知った葉蔵は東京を離れ、東北の海辺で三年以上を過ごして手記を閉じます。戦後、三冊のノートを読んだ語り手がマダムを訪ねても生死は不明のまま。最後に、葉蔵を知る別の声が残されます。
STORY GUIDE
結末に触れない紹介です
三葉の写真と三冊の手記から、大庭葉蔵の生涯が開かれます。人間の暮らしも幸福も理解できず、他者への恐怖を道化の笑いで隠す葉蔵。東北の旧家、海辺の中学校、東京の学校と画塾を経て、自分を見抜く竹一、都会の享楽へ導く堀木、孤独を抱える女性たちと出会います。絵への願いは漫画の仕事へ形を変えますが、生活を得るたびに依存と自己否定は深まっていきます。葉蔵が恐れる「世間」とは何か。原文の告白体との距離を保ちながら、好意や信頼を受け取れない一人の生を全16話で描きます。
原作は1948(昭和23)年6月から8月に、筑摩書房の雑誌『展望』へ発表されました。回想の時代は大正末から昭和初期を基準とし、東北の旧家、旧制学校、東京の画塾とカフエ、木造長屋、市電、鎌倉の海辺などを原文と公的資料の範囲で構成しています。依存、性暴力、精神科病院を扱う場面では、行為や手順を直接描かず、当事者と患者の尊厳を損なわない表現に統一しています。
太宰治の代表作『人間失格』(1948年)を全16話で漫画化した連載です。「恥の多い生涯を送って来ました」と語る大庭葉蔵が、人間への恐怖を道化で隠しながら生きていく姿を、三冊の手記に沿って描きます。
結末には触れていません
「はしがき」で語り手が見る、葉蔵の幼年期、学生時代、年齢不明の頃の三枚の写真です。どれも奇妙な印象を与え、ここから葉蔵の手記が始まります。
「第一の手記」の書き出しです。人間の営みが理解できない葉蔵の告白が、この一文から始まります。
「はしがき」、葉蔵自身が書いた「第一の手記」から「第三の手記」、そして「あとがき」で成り立っています。
太宰治(1909〜1948年)です。
初出は「展望」筑摩書房、1948(昭和23)年6~8月号です。
著作権の保護期間が満了した作品で、青空文庫で原文を無料で読めます。このページの「青空文庫・原作情報」から図書カードへ移動できます。漫画は原作をもとにした翻案のため、台詞や構成が原文と異なる部分があります。
全16話・473ページで、通して読むと約142分が目安です(1ページ18秒で計算)。1話ずつ区切って読めます。
薬物に依存した葉蔵は、脳病院(精神病院)に入れられ、自分は「狂人」、もはや「人間、失格」だと手記に記します。あとがきで、葉蔵を知る京橋のマダムは「神様みたいないい子でした」と語り、読者に葉蔵をどう見るかを問いかけます。
原文・底本・校正情報を作品ごとに記録します。